インプラント(人工歯根)療法は社会的にも認知され、学問的にもその有用性が立証されてきております。それに伴い、多くの臨床医が手がけるようになり、多くの患者さんが「噛める喜び」を享受しています。その臨床的術式も進歩し、従来では施術不可能であった症例のインプラントの施術が可能となりました。しかし、その進歩に伴い、インプラントに関連した医療過誤も増加しております。
現在、口腔インプラント学は「先進的な歯科臨床」であるかの風潮がありますが、私はインプラント療法を「大木の枝葉の一つ」に過ぎないと思っております。この考えはインプラントを決して軽視しているものではありません。咬み合わせの崩壊をおこしている患者さんにその顎位を回復し、咀嚼機能回復させるならばインプラントに勝るものはありません。また、顎堤の大きな骨吸収を起こしている患者さんの総義歯の安定を図るのであればインプラントをその維持に使用することによりその入れ歯の安定、咀嚼機能の回復を十分に獲得できます。
しかしながら、経年的な口腔内環境の劣悪化が起きてしまえば、例えば、歯周病による残存歯の動揺・喪失、また未熟な根管治療による歯牙の喪失や補綴治療によるインプラントへの過重負担、それらはインプラントの長期的良好な予後への障害となります。また、私は「インプラントと入れ歯」の関係は「ピストルと刀」の関係に似ていると思います。ピストルを使用することには戦いにおいて有利ではありますが、接近戦になれば、味方を誤射する危険もあります。その場合、刀を使用するほうが戦いは有利に進むでしょう。つまり、インプラントがすべての臨床において絶対的有利ではありません。小さなお口の中ですが、病因は多くありますし、治療法も多くの選択肢があります。歯科医は総合的な診断をし、その治療法が「適応症」であるかを判断しています。「歯を治すこと」は意外と?「複雑であること」を御理解下さい。
(文責 医学博士 簗瀬武史)