患者さんから「以前、上の骨にはインプラント(人工歯根)はできないと言われたので無理なのでしょうか?」とご質問を受けることがあります。
1970年代よりインプラントは日本でも施術されるようになり、現在、社会的な認知を受けた歯科治療の一手法ですが、この30年ほどの間にインプラントの素材・その施術方法も大きく進歩しました。 初期のインプラントは現在のようなネジ状でなく、板状の形状をしていました。また、その素材やインプラント表面の加工方法も現在と異なり、強固な骨との結合が得られないため、インプラント単体で被せたりすることはできず、天然歯と連結した形で被せなければいけませんでした。
そのため、長期的に骨の中にインプラントが沈下していったり、経時的に骨との結合が失われてしまい、予知性の高い予後を得にくい面がありました。 特に上顎骨は手足の骨と同じ長管骨である下顎骨と異なり、密でなく疎な骨であり、また鼻腔や頬のところには上顎洞と呼ばれる骨の中の空洞もあります。これは、顔面や上顎の骨は車のラジエターのような放熱効果やバンパーのように衝撃を吸収し、大切な脳を守る役目があるからです。
このような理由で以前のインプラントですと施術が難しい面もありました。 しかしながら、素材や表面加工の進歩により、より強固な骨との結合が得られ、その結合も長期的に維持されるようになったために、現在では、下顎と同じようにインプラントの施術は可能になりました。また、上顎骨は歯周病で抜歯された場合など、大きな骨の吸収・退縮を伴うため、インプラントを施術するに十分な骨量が失われている場合も多く見受けられます。
しかしながら、施術方法も大きく進歩したため、失われた骨を再生させる骨造成法や頬の部分の空洞である上顎洞の底部に骨を造成させる上顎洞底挙上術(サイナスリフト)などの外科的な手法を併用することにより、インプラントの可能性は大きく拡大しました。
(文責・(社)日本口腔インプラント学会 理事・指導医・神奈川歯科大学客員教授 簗瀬武史)