市民新報コラム

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東日本大震災(2011年5月)

私は3月13日より警察庁派遣にて宮城県岩沼市で、ご遺体の検案支援・身元確認作業に従事していました。

被災地の検視会場は、累々のご遺体と遺族の皆様の悲しみに包まれていました。幸せに暮らしていた人々が津波に襲われ、一瞬にしてお亡くなりになりました。

今回の未曾有の大震災は、予測を超越し、あまりの死亡者の多さに戦後初めて、身元確認が終わらなくても個人識別のための資料採得が終われば、ご遺体を自治体に回し、土葬・火葬に処す措置が警察庁により通達されました。戦後初めての通達です。戦時下での対処と一緒です。

私が従事した宮城県では、市民も水や電気ガスのライフラインを遮断され、ご不自由な生活を強いられていました。雪が舞う寒さの中でご家族を失ったり、被災された方々の計り知れない悲しみを感じました。

現地では自衛隊、消防隊、警察の方々が不眠不休で従事していました。現場では自衛隊員や消防隊員、警察官が泥だらけになりながら、生存者の捜索やご遺体の回収を行い、検視会場に運んでいました。また、泥だらけのご遺体は警察官が着衣を取り、遺留品を探し、体をきれいに清めて棺に入れます。

現在は、原発で危険な地域では自衛隊の医官、歯科医官も作業に従事しています。従事している方々は淡々と作業を行っていますが、感情を押し殺して悲しみに耐えているのはいうまでもありません。

現在、福島の原発では作業員の方々が危険な状況下で甚大な被害を防ぐために命を賭けて従事しています。被災や避難された人々もいまだ不自由な暮らしを強いられています。

今後は、地域の復興が行われますが、現在、まだ多くの不明者がいます。地域が振興され、幸せな日々が戻るまでには長い年月がかかります。

我々は今後、「支援」を行っていきますが、これは一時的なものではなく長期的でなければならないと思います。そして、支援する側と被災地との間に人と人の絆ができるようなものでなければならないと思います。


(文責:神奈川歯科大学客員教授 医学博士 簗瀬武史)

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